ちゃんとやれ!

「ちゃんとやる」ためのトレーニング場

15年前の両親に強く要求すること。

色々あったけれど、両親には良くしてもらっている。

全てがスムーズではなかったが、大きな不満も無い。

 

ただ一つだけ不満に思っていることは、多方面の知識をもらえなかったこと。

両親から「何か」を教えてくれという訳でない。

頭のいい人に引き合わせて欲しかったということ。

 

最近、21_21美術館に行くことが多い。

気になっている展示があるのはもちろんのこと、そこでのトークセッションがやめられないからだ。

 

アートディレクターの佐藤卓氏、解剖学者の養老孟司氏。

他の美術館、イベントでも素敵なトークセッションがある。

なかなか名古屋でやることは少ないけれど、そういう機会があることを知らなかった。

 

これは、30さいを過ぎてから感じているのか分からないが、もっと頭のいい人の話が聞きたかった。

スポーツが得意な人であれば、野球選手、サッカー選手のトークセッションなどがいいのだろう。

 

僕は頭を使っているほうが好きなので、そういった賢い人たちに触れ合っておきたかった。

 

そういった人たちから出ているパワーはスゴくて、受け止めるのが精一杯。

そんな状況でも、あんな風になりたい、こんな風になりたいと思うだろう。

 

その小さなキッカケ作りを両親には手伝って欲しかった。

今からでも充分だが、できればもう少し早めに知っておきたかったということだ。

 

とにかく違う人からの刺激は心地よくて。

その人の生き方、考え方、そういったものが勢いよく吸収できる。

 

養老孟司先生の話もそうだった。

この年齢になって聞いてからも、刺激がたくさんだった。

もし、10代の頃に、同じような話を聞いていたら、少しは人生が変わっていたかもしれない。

もっと勉強し、もっと学問を学んでいただろう。

 

残念ながら、両親から勉強の楽しさや、学問の面白さを学ぶことはできなかった。

ただ、僕の両親には、僕の両親にしかできないことをたくさんしてもらったと思っている。

 

今になって「ブログの記事にしてやる」という浅はかな気持ちで聞いた多くの講演。

それがストレートに僕に入ってくるのだ。

ブログがキッカケだとしても、僕の中にはビシビシ伝わってくるものだった。

 

勉強って、学問ってこんなに楽しいんだな。

その奥底には、また次の命題があって、終わりがないんだな。

そんなことを、真剣に学んでみたかったなぁと。

 

今日の養老孟司先生の話。

「分かる」ということは、「分からないこと」

分かった瞬間に、次の疑問が出てくる。

どこまで分かりましたか??と聞く人は、それが分かっていない。

 

大先生でさえ、分からないことがたくさんあるんだな。

新しい考え方、本当に良い刺激だった。

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