ちゃんとやれ!

「ちゃんとやる」ためのトレーニング場

偽善を積み重ねることで、いつの間にか「善」の習慣になる

こんにちは、スズキです。

成功率が低いことにチャレンジしたとき。

なんとなく上手くいくこと、ありませんか。

 

朝寝坊してダッシュした。

乗りたい電車の時間に1分間に合わなかった。

そうしたら電車が少し遅れてて乗ることができた。

 

無理かもしれない、ダメかもしれない。

と思いながらも全力で挑戦したら、何かの偶然でうまくいったとき。

 

そんな時は、「神様のおかげ」、「お天道様のおかげ」なんて思ったりします。

 

だからこそ、助けてもらえたなぁと思ったときには、打算的でもゴミを3つくらい拾ったり、電車の席を譲ったり、いつも以上に親切パワーを発揮するのです。

偽善と言われても、親切にする、ちょっといいことをすることが、気持ち的にスッキリするんですね。

 

インとアウトのバランスを保たないと、ちょっと気持ち悪かったりします。

良いことがあったら、親切にしてあげたくなる。

悪いことが続いたら、ちょっと親切を分けてもらう。

 

絶好調な日が続いていれば。

偽善、打算かもしれないけど、親切なことをやることになる。

 

いつの間にか、打算的だった親切が、習慣になるタイミングがあるんですよ。

 

良いことがたくさん起きれば、親切をたくさんしてあげたくなる。

それが続くことで、親切な人になれるんですよね。

 

良いことがありすぎて、親切のアウトプットが追い付かなくなるくらい。

そうやっていくうちに、初めはワザとやっていたこと、頭で考え計算してやっていたことが、いつの間にか自分の行動になっていく。

こうやって、素敵な人間になっていくんだなと思うんですね。

 

エレベーターに乗ってくる人がいれば、ボタンを押してあげる。

重い荷物を持っている人がいたら声を掛ける。

そういうことが染みついてくる。

 

偽善というもの、あまりよろしくないと捉えることが多い。

それも積み重ねていけば、知らず知らず無意識のうちに行動するようになってしまう。

ごくごく自然になるのだ。

 

だから入口は偽善かもしれないが、普通の親切な人になることができる。

その一番のキッカケになるのが、「あれ、うまくいきすぎちゃったぞ」という事象なのだ。

 

誰かに助けられた、と思ったら、誰かを助けてあげたらいい。

たくさん助けてもらったら、たくさんお返しすればいい。

 

その積み重ねが、もっと幸せな人生になっていくのだ。

 

 

偽善のすすめ: 10代からの倫理学講座 (14歳の世渡り術)

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