ちゃんとやれ!

「ちゃんとやる」ためのトレーニング場

評価される側になりきること、評価するときはちゃんと伝えること

こんにちは、スズキです。

自分のことをどれだけ分かっていても、それを評価するのは他人です。

 

優しい自分、カッコいい自分、そう思っていてもタイミングや相手によって評価のされ方は大きく変わります。

他人から言われた事は、たとえ納得できなかったとしてもそれが評価の1つなのです。

だからこそ、言われたことに耳を傾け、自分が思っている「自分」と、相手が評価してくれる「自分」の違いを、随時修正していかなければいけません。

 

自分がどれだけ頑張っていようと、評価されないのであれば、何かを変えないといけない。

自分がどれだけ時間をかけても、クオリティが上がらないのであれば、方法を変えなければいけない。

 

ある程度の経験が出てくると、いつの間にか「それが正しい」と思い、柔軟な対応ができなくなる。

もちろん、それが自信に繋がっていくのだが、過信しないようにする必要がある。

 

たまに、いつもと属性が違ったり、環境が違うような人とコミュニケーションをとると、それご如実にわかる。

 

今までの自分の世界、コミュニティでは通用していたことも、新しい場所では通用しないことが多い。

逆に、評価されていないなぁと思っていたことも、実は応援してくれていることがある。

自分自身での判断は必要だが、それが100%正解と思っているのはもったいないのだ。

 

それは自分が他人を評価するときも同じ。

相手は、僕の考えをちっとも分かっていない。

だからこそ「ここがよかった」「僕はこう思う」ということを、ちゃんと伝えなければいけない。

 

自分が中心の軸になると、全てのことがわかっていると勘違いする。

そういっても、自分の顔を見ることができるのは鏡越しのソレだけなのに。

通じ合うときは、お互いの考えを漏れなく、過不足なく伝えられたときだ。

 

ブログを書いているときの「スズキ」と、リアルで見る「スズキ」にもギャップがある。

自分自身を、ストレートに表現できていない証拠なのだ。

演出として、真面目、チャラい、ポジティブ、ネガティブ。

そんな自分を出すことはあるだろう。

 

そうじゃないことに対して。

「イメージと違った」と言われることは、どこかで自分成分の抽出に失敗している。

もしくは、相手に親切な方法で表現していない。

 

そういった小さな相手が発してくれている僕自身の評価。

それをないがしろにせず、どこの部分で相違があったのか、イメージと違ったのか。

そのときの自分の気分やコンディションはどうだったか。

 

細かなところまで検証する必要がある。

その答えをもとに、自分自身と、表現された自分自身の精度を高めていきたいのだ。

 

評価の基準 正しく評価される人が何気なくやっている小さな習慣

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