ちゃんとやれ!

「ちゃんとやる」ためのトレーニング場

自分の基準と他人の基準

こんにちは、スズキ(@acogale)です。

 

基準について悩むときがあります。

「基準」という立派なラインがあることで、スムーズにいくこともあります。

「基準」をボカすことで便利になって、スムーズにいくこともあります。

 

例えば「ちょっと待ってて」

ちょっと待てと言われて、1分の人もいれば、1時間の人もいるし、1週間の人もいる。

話の繋がりや、状況によって、うまく判断しているのだ。

 

トイレに行ってくるから、ちょっと待ってて

と言われれば、3分程度だろうか。

 

正確に言えば、めんどくさい

報告書を書くときには、具体的な数値を用いるとよい、なんて言われることがある。

「たくさん売れました」ではなく「30万円分売れました」

「お客さんがたくさん並んでいました」ではなく「お客さんの列は100mまで伸びました」

具体的にしたほうがいい。

 

ただ「ちょっと待ってて」に変わる正確さってなんだろうか。

3分待ってて、5分待ってて、と言われると。

その「〇分」を意識してしまって、長く感じたりする。

 

「ちょっと」とあいまいにするから、逆にそれがいい。

そのうち、「3分待ってて」が、「3分15秒待ってて」とか。

どんどん細かくなる。

 

曖昧なままだと不自由なことも

心地よい程度の曖昧さは、人間関係を良い感じにしてくれる。

逆に、自分勝手に解釈してしまうと、大きな落とし穴に落ちることも。

 

「仕事がイヤだったら辞めてもいいんだよ」

と言われたとき。

 

「イヤ」ってどれくらいのレベルなんだろうか。

3か月休みなしで働かされて「イヤ」になった、という環境なら、さっさと辞めちまえと思う。

駅から3分歩く間に雨に濡れちゃうから「イヤ」と言われたらどうだろうか。

 

確かに「イヤ」なことかもしれないけど。。。。。

僕なら呆れてしまう。

 

お互い分かり合えない

他人同士、時間に対する感覚は違うもの。

住んでいるところ、育ってきた環境でも違うもの。

 

それは時間だけでなく、いろんなことの基準が違う。

 

その基準を調整できるのが人間なんだろうなと。

閾値の調整ができるのが人間なんだろうなと。

 

いつの間にか空気を読んで、いつの間にかちょうどいいところで納得させる。

お互いに分かり合えないからこそ、ふわっとぼやかしておく。

 

 

自分の基準を持とう

自分の基準を作らないと、人それぞれ言うことが違うから。

どんどんハマっていってしまう。

 

人それぞれ。

言われたことを、100%で受け止めないように。

自分の基準と他人の基準のギャップを、どんどん感じていけばいい。

その中で、自分の基準を固めていくことができるから。

 

 

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