ちゃんとやれ!

「ちゃんとやる」ためのトレーニング場

多様性を推し進めると、矛盾だらけで無関心になる

多様性が大事だ、ダイバーシティを推進しよう。

個々を大事にする方向に向かっているのか、「こうあるべきだ」という考えは受け入れられなくなっている印象があります。

この多様性を大事にすことは、本当に大切なことなのでしょうか。
ダイバーシティを推進しなければいけないのでしょうか。


世の中には

  • 多様性なんていらない
  • 男は外で働き、女は家庭を守るべきだ
  • 長男が墓も仏壇も守るべきだ

と考える人がいます。

多様性を認めるということは、これらの意見も守らなきゃいけない。
今の時代に即していないかもしれないが、多様性を認めることで、安易に排除できないわけです。


従業員に柔軟な働き方をさせる一方で、会社がガチガチに管理する働き方があるのも多様性。

それぞれのポイントで、良いこと、悪いことがあるのも、多様性の一つなのでしょう。


多様性なんてクソくらえだ。
と思う意見を大事にすると、多様性が推進されない。
という矛盾に陥っていきます。


フラットに考えれば、「自分」以外の人、モノは、どんな考えを持っていても良いというわけです。
そこに対して意見や考えが出てくるかもしれなけれど、「それは違う」「こうあるべきだ」とは言えない。
僕の中で間違っていると思っていても「相手はそう考えるんだなぁ」と思う程度にしかなれない。

どんどん他人に対して関心が持てなくなってきます。

 

他人がどんなことを言っていても、それは多様性だからです。

 

ここまで言うと、多様性の過大解釈だと言われる。

けれども、一度振り切れてみることも、考える際には大事なこと。

 

多様性云々と言う人は、過去や現状のどこかに不満があるのでしょうか。

あの金子みすゞ氏も、「みんな違って、みんないい」と言っていますので、昔からそういう考えがあったことは事実かと思います。

 

本来の多様性というのは、お互いの"違い"を互いに認め合っていきましょう。

という意味なのでしょう。

でもそれは、集団の中で生きていくためのことだと思っています。

 

最近は「個」が注目される時代。

「個」の多様性とは、いったいどのようなものなのでしょうか。

だんだん他人のことが信じられなくなる今日この頃でした。

 

 

生物多様性 「私」から考える進化・遺伝・生態系 (中公新書)

生物多様性 「私」から考える進化・遺伝・生態系 (中公新書)