おはようございます、スズキです。
今日から新しいオフィスで気分ウキウキです。
前の会社のことですが、新入社員のときのことを思い出します。
10年以上も前のことだから、薄い薄い記憶となっていますが。
その日はオリエンテーションがあったから、ちょっと早めに準備をしていた。
おろしたてのスーツ、ピカピカに磨いた靴、髪の毛もしっかりセットして準備万端。
張り切って会社に向かったことを覚えています。
高校は自転車で通っていたから、定期なんて使ったことがなかった。
今でこそICカードの定期が増えたけど、当時は改札機に通すタイプの定期。
入社祝いにプレゼントしてもらった定期入れも懐かしい思い出。
もちろん満員電車も初体験、こんなにいっぱいの人が電車に乗るんだと驚いた。
会社に到着し待合室へ、たぶん同期と思われる人が何人か、既に部屋の中で待っている。
ちょうど隣の席だったのが山下さん、物静かで博識な雰囲気の女の子だった。
「あの~、、」
彼女に話しかけられる。
「お伝えしておいたほうがいいと思って、ジャケットのお尻のとこ、
ベントにしつけ糸が付いたままですよ」
と。
「しまった、新品のスーツだからしつけ糸を取るのを忘れていた。
ジャケットを脱いで確認してみるが、しっかりと白い糸が付いている。
意外と切れにくい丈夫な糸で止めてある、うわーどうしよう。」
顔が赤くなるのが分かる、冷や汗もタラタラしてきた。
「よかったら、貸してください」
続けて彼女がこう言った。
カバンの中から出てきたのはソーイングセット。
女の子って、こういうの持ち歩いているんだ。
すごく小さな小さなハサミで、いとも簡単に糸を切ってくれた。
その手つきも繊細で柔らかくてガサツな僕とは大違い。
初日から大失態だったが、そのお陰で山下さんとは少し距離が縮まったように思えた。
残念なことに同じ部署では無かったが、接点がある部署だったからよく顔を合わせた。
だいぶ職場にも馴染めてきたころには、初日のことがあってか僕のことを「ベントマン」とまで呼ぶようになった。
意外と面白いヤツじゃないか。
しかし、僕がベントマンと呼ばれる度に、周りのみんなの頭には「ハテナ」が浮かび、彼女は初日の出来事をみんなに説明するのだ。
僕は改めて「ベントマン」として会社生活をスタートさせる。
業務もそれなりに理解して、ある程度任せてもらえるようになったころ、入社して半年くらいたったころだろうか。
仕事が早く終わってちょっと飲んでいこうかなぁ、なんて余裕もあったから街に繰り出してみた。
といっても地下鉄で1駅隣の繁華街。
焼き鳥の匂いに楽しそうなサラリーマンの声、社会人ってこういう楽しみもあるんだなぁと思っていた時、目の前に山下さんが現れる。
「あーベントマン、こんなところで何してるの??」
話し始めたのは彼女からだった。
「ちょっと飲んで行こうかと思ってね」
「よかったらあたし、付き合ってあげよっか」
彼女からの意外な一言。
今まで、僕は一人で行動することが多かったせいか、そうやって言われるとどうやって返事していいのか固まってしまった。
「もぉ、なに恥ずかしがってるの、行くよー」
と手をつかまれ、よくあるチェーン店の居酒屋へ入っていった。
お酒が入ると、より明るくなる彼女。
でも一つ一つのしぐさは上品で、繊細さを欠いていない。
特に白くて長い指は美しかった。
「なに手ばかり見てるの??」
そう言われハッとする、そんなつもりは無かったけど見とれてしまっていた。
思わず「だって指が綺麗だったから」って、言うつもり無かったのに、思ったことがそのまま口から出てしまった。
彼女の動きが止まる、僕も動けない、心臓だけがドクドクと動いているのが良くわかる。
まるで相手にも聞こえてしまいそうなくらい大きな音でドクドクいっている。
その日、解散するまでぎこちない空気が流れていた。
お酒を飲んでいたからなのか、別の理由だからなのか、すごく顔が赤くなっていたのを覚えている。
いつからか、彼女のことを目で追うことが多くなっていた。
彼女の声が聞こえてくるような気がして。
少し離れた部署だから、本当に聞こえていたかもしれないけれど、それ以上に彼女のことを意識し始めていた。
飲みに行ったその日から?? ただの同期だったから??
記憶をたどっていくと、そうだ初めて会ったあの日から、僕は彼女のことが気になっていた。
しつけ糸をほどく彼女の指、しぐさ、暖かい雰囲気。
僕の初恋は、僕の失態が連れてきてくれた。
そんな初恋のキッカケになるかもしれないけれど、スーツを着るときはちゃんと糸を切っておこう。
どこかにサイズのシールがついてないかい??
どこかにタグがぶらさがったままじゃないかい??
そういう人を見つけたら、こっそり教えてあげよう。
恋が始まるかもしれないよ。
フィクション物語でした。
ではでは。