こんばんわ、スズキです。
一方的な片思いについて。
昔、時間にすると20年ほど前。
僕が小学生だったころの話です。
小学生のころを思い出してみませんか。
好きな女の子、または好きな男の子がいたことでしょう。
特に一途に誰かを追いかけていたというわけではなく、○○ちゃんカワイイな、○○ちゃん美人だな、と。
僕にはそんな人が何人かいました。
1こ下の学年の女の子、3つ上の学年の女の子。
カッコいいなぁと思った男の子の話は、また今度にしておきましょう。
人の名前を覚えるのが好きだったので、フルネームで覚えていたりします。
そんな昔好きだった人。
好きな人に出会うキッカケってありませんか。
実家に帰った時、近所のスーパーで、、、とか。
僕の場合は同学年より年下好きだったので、そういう集まりでは出会えないんですけどね。
近くのスーパーに行くと、近くの商業施設に行くと、たまに小学生時代の知り合いと鉢合わせをします。
好き・普通・嫌い と分類すれば、普通・嫌いの人と出会うことが多かった。
そんなときに、好きな人を見かけることがありましてね。
僕ももう31歳です。
ということは、相手は20代後半だったりします。
「あ、どうもどうも」程度なコトしか言いませんし、会話もしませんよ。
でも「好きだったあの子は、今でも素敵だなぁ」と思うわけです。
好きな人、タイプの人って、1種類だけではないはず。
僕の場合は、「クールでボーイッシュ」な感じの人も好きだったし、「図書館にいそうな透き通った」感じの人も好きだったわけで。
すごく両極端なんだけれど。
大人になっても、そのときのイメージが結構残っていたりするんです。
相手が20代後半ということは、お子さんと一緒だったりするんですよ。
イメージ通りの雰囲気なお母さんになっていたりすると、ちょっぴりドキドキしながらも、ちょっぴり嬉しくなりますね。
やっぱり素敵な人だなぁと、思うわけです。
もちろん自分の中で「好き」というメーターが動くことによって、嬉しくなるのもありますが、それだけでは無いはず。
どちらかというと、過去の自分と繋がるキッカケをくれるから、より嬉しくなるのではと考えます。
単純に「今素敵な人」は「今」の喜びしか無い。
それが「過去に好きだった人が今も素敵」というのは「過去」と「過去~今の変化」と「今」の3種類楽しめる。
だからこそ、自分の中で思いが過去と今で行ったり来たり。
一人でニヤニヤしながら楽しめるわけです。
より素敵度が増して感じることができるのでしょうか。
昔は普通・嫌いだった人も、今になると「あれ、そんなに悪くないぞ!!」と思うこともあります。
同級生と再会して云々という気持ちがなんとなく分かるような気がしてきました。
そういった面白い話ができればいいのですが、至って健全な話にしかならないわけで。
でも、過去に好きだった人が今でも素敵だというのは、すごく嬉しい。
自分の判断も含めて、あぁよかったなぁと思うことができる。
好きな人、好きだった人、いっぱいいるからこそ、そんな自分を今後も楽しんでみたい。