どうもスズキです。
ネットメディア、SNS、そういったものと「リアル」は結びつくのでしょうか。
答えは二通りにわかれると思っていますが。
一つ目は、ネット=リアルというもの。
最近のSNSで「リア充」と言われるように、ネットがリアルの表現の場になっているということ。
二つ目は、ネットのそれは、リアルのそれと大きくかけ離れているということ。
もう一人の自分、別の自分を演じたり、表現したりするのに適した場所ということ。
普段はこっぱずかしくて言えないようなポエムを書いてみたり。
ちょっと隠しておきたい趣味を、表現してみたり。
そういう場だとしてもおかしくないなぁと思うこと。
それぞれが、大きくどちらかの役割でネットを使っているのだろうけど。
どちらを使っている人が多いのだろうか。
僕が気になっているのは、どちらが多いか少ないかではなく、明らかに言っていることがチグハグな人がいるから。
それは「ネット」と「リアル」だけでなく、ブログとツイッターとフェイスブックで、まったく正反対のことを言っていたりする。
それが「わざと」ならいいのだろうけど。
前向きな自分と、後ろ向きな自分。
そういったものを、メディアによって使い分けている。
でも、どちらかといえば、明らかに気づいていない人のほうが多い。
と僕は感じてしまう。
そんな人であれば、そっ閉じしてしまうのは当然なのだが。
「3流同士で馴れ合っているのはクソだ」と発言する一方で、氏のやっていることが3流同士の馴れ合いだったり。
素人のスズキが見て、「こりゃ無いわ、ひどいわ」って思うのだから、プロからしたらどうなのだろう。
僕が気づかないスペシャルな要素があるのかもしれないし、それが無ければ何も無いということだ。
「オレこんなことできます」って言ったもん勝ちなところがあるかなぁ。
ネットメディア界隈には、いろんなレベルの人がいるわけで。
ある程度同じプラットフォームに住んでいて。
良くも悪くも距離が近い。
どこかで「コンテンツ」を選ぶときに、そのクオリティ、腕、を重視せずに、相手との距離感で選んでしまっている。
果たしてそれでよいのだろうか。
その結果、クオリティが上がらず、発注者のクオリティも上がらない。
あまりよくないスパイラルになっているのだろう。
ネットメディアで距離が近くなったからといって、それで済ませてはいけない。
手軽になった分、自分自身のクオリティ担保が難しい。
自分自身のブランディングが難しい。
本当に「商品」として売り出せるものは、自分というものを表現できるものは何かと。
改めて考えてしまう。
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