良い悪いは誰が判断するのか。
社会性の高いものと、プライベートなものがあるとすれば、後者は自分自身の判断だ。
疲れたときはお風呂に入ろう、という意見がマッチする人がいれば、シャワーを浴びて早く寝ることがマッチすることだってある。
十把一絡げに、○○だから、と信じなくてもいいのではないか、なんて思うことがしばしば。
相手が信じているそれを、否定したり貶したりする必要はないけれど、それが正しいかどうか、なんて分からない。
自分のことは、自分しかわからないのだから。
相手のスタンダードは自分のスタンダードではない。
人は人、自分は自分。
あまり周りの目を気にしすぎて、窮屈にならないように。自分は自分のスタイルを信じていきたいものなのだ。