ちゃんとやれ!

「ちゃんとやる」ためのトレーニング場

なぜ鉄オタがこれほど嫌われ、叩かれるのか。

こんにちわ、会社員ブロガーのスズキ(@acogale)です。

休みの日は外に出掛けることばかりで、家にいるのは本当に苦手。

年に2~3日は、朝から晩までずっと家にいるけれどね。

おおよその日は、途中で息苦しくなって外に出掛けます。

 

外に出掛けるときに、何に乗りますか。

と聞かれれば、「バスと電車です」と答えます。

車も運転しますけど、できるだけバスと電車、公共交通機関を使うのです。

 

電車によく乗るようになると、電車に詳しくなるんですね。

知らず知らずのうちに。

車両ごとの特徴や、乗り心地のよいシート、オトクな切符や割引の使い方。

とくにネット文化が発達してからは、スマホ一つで何でも調べられるようになりました。

 

いつの間にか電車、鉄道が好きになると「鉄オタ」という人に出会うようになります。

例えば、どこかに出掛けるときに珍しい電車があれば「乗ってみよう」とか。

特にお気に入りの座席があったりすると、そういう界隈の人たちに出会う訳です。

 

いつの日からか、鉄オタってちょっと嫌われている印象がありませんか?

特にここ最近、残念な鉄オタが増えている気がしてならない。

がしかし、どうしてこんなに鉄オタだけが叩かれるのか。

スズキなりに考えてみた次第です。

 

 

「オタク」は総じてキモい

いい言葉が見つからなかった。

でも気持ちを素直に表現するなら「キモい」ということ。

「オタク」という言葉も分かりづらい。

ざっくりした感覚で「趣味や好きなことに熱狂的な人」と捉えてもらえるとありがたい。

 

 

さて、夏と冬に開催されるコミックマーケット。

全国のオタクが集結するようなイベントですよね。

僕は行ったことがないのだけれど、とにかく熱狂的なファンがたくさんいるとのこと。

 

そういう昔から認識されているような「オタク」もいれば、そうじゃない人もいる。

 

アイドルオタク、ジャニーズオタク。

やっぱりキモいのだ。

それは、熱狂的な人じゃない人がそれを理解できないからだと思う。

 

お行事が良いと言われる宝塚ファンの皆さん。

宝塚に熱狂的な気持ちがないスズキからしてみると「どうしてそこまで熱中できるのか、出待ちしているのか」と理解しがたいことがある。

 

サークル活動に熱中している人。

フラダンスのサークル、手芸サークル。

キモいと言い過ぎると、だんだん雰囲気が悪くなるのだが。

他人の好きなことに、なかなか理解できないのだ。

「フラダンスって何が楽しいの??」みたいに思ってしまう。

 

オーディオにハマっている人。

自分用に電柱を立ててしまう人もいるくらいだ。

何を考えているのか、もうさっぱり分からない。

 

僕自身も好きなことがあり、それには盲目的に取り組んでしまう。

周りの目を気にしていられないくらい好きなこと、好きなものに向かっている。

例えば、スマホやパソコンのようなガジェットものが好きなのだが。

普段から4~5台はスマホを持っているし、全部が回線付きで契約してある端末だ。

小さめのタブレット、大きめのタブレットを合わせると、何台端末があるんだよ!! ってなことになる。

 

何に使うのか、アホじゃないの?? と言われながらも、それが好きだから僕自身は納得している。

まぁ、友人や他人からしたら「キモいな」と思われるのも当然だろう。

 

さて、鉄オタについてだが。

 

 

鉄オタが嫌われるところ

前述の通り、オタクは総じてキモいのだ。

そのキモいオタクたちが、なぜ上手くやってこれたのか

ということを考えると、一つの結論がでてくる。

 

それは

しっかりと棲み分けができている

ということだ。

 

活動している、集まれる場所がある程度限られていること。

そして、そこには熱狂的なファンしかいないこと。

 

これが一番のポイントではないだろうか。

 

アイドルオタクや、ジャニーズオタクが集まるのは、コンサート会場であったりショップであったり。

宝塚ファンの皆さまもそうだろう。

劇場に集まる。

 

コンピューターが好きなオタクは、秋葉原の電気屋さんに集まるかもしれない。

 

そして、その場所には、用事の無い人がいかないのだ。

宝塚が嫌いな人は、宝塚劇場や公演に行かない。

ジャニーズが嫌いな人も、コンサート会場には行かない。

好きな人が、場所と時間で区切られて、好きな人同士で集まっている。

 

だからこそ成り立っていたようなモノだ。

 

 

鉄オタの活動場所

鉄オタだったらどうなのか。

残念なことに上手く棲み分けができていない。

 

確かに新幹線の工場見学や、試乗会などの限定的なイベントの場合。

そこには鉄道好きな人しか集まらないだろう。

 

が、普段の駅、電車の中、そういった場所は、全く興味が無い人もいるということだ。

ただの通勤通学、移動の手段としか思っていないそれと、趣味の対象となっているそれでは、意識も気持ちも違う。

 

それは、そこで働いている人も同じで。

駅員さんは普通のお客さんの為にいるのであって、鉄オタの為にいるのではない。

運転士さんも車掌さんもしかり。

鉄オタを迎え入れているわけでなく、ただのお客さんとしか見ていないのだ。

イベントスタッフ、警備員、劇場の案内係。

そういう人とは違うのだ。

ただただ普通にいつもの業務をこなしているだけ。

普通のお客さんの枠を外れるような人は好かれないのだろう。

 

鉄オタじゃない人にしてみれば、日常生活のゾーンにオタクが踏み入ってくるのだ。

その趣味自体を受け入れていない上に、踏み入ってこられたら。

あーでもない、こーでもない、と鉄オタじゃない人が言うのもよくわかる。

 

もっと限定的に活動すればいいのだろうけど。

そうすれば、「遠くのオタクさんたち」ということで、「関わり合うことがないから好きにしていたら」程度で受け入れられていたかもしれない。

 

 

棲み分けられないなら共存しないと

オタクが集まるところと、意図せずに集まっているところ。

その違いが、そうじゃない人(一般人)には分からないし、理解できない。

 

好きなアイドルのコンサートでワイワイはしゃいでくれるのは、何の影響もないけれど。

そのアイドルのポスターが駅にでも掲示されていて、みんなが写真を撮っているとしたら。

そういう人たちを、だんだんと嫌いになるのかもしれない。

 

世の中で、上手く棲み分けができているものと、そうでないもの。

そうであるのなら、お互いに歩み寄ったり、お互いに考えないといけないのだろう。

 

が、世の中の構図を見てみると、圧倒的に鉄オタじゃない人が多い。

深く考えずに鉄道を使っている人のほうが多い。

だからこそ、「そうじゃない人たちが目の前にいる」という気持ちがあればいいのではないだろうか。

 

人間とは自分勝手なもので「マナーが悪い」とか「気持ち悪い」と思っても、それが自分から遠い存在であれば気にしないのだ。

自分には関係ないと思うから「ご自由にどうぞ~」となってしまう。

 

逆に自分自身に近ければ近いほど、あーでもない、こーでもないと言いたくなる。

ネット文化の発達した今では、それがネタとなり炎上し、ますます立場がごちゃごちゃになってしまう。

 

上手く棲み分けをするか、共存するか。

そこをちゃんととやらないと、ますます嫌われるだけになる。

 

ちゃんとやれ!