ちゃんとやれ!

「ちゃんとやる」ためのトレーニング場

みんなさ、人生や夢に期待し過ぎじゃない??? もっともっと小さくて小さくて小さいものに興味を持って。

こんにちわ、スズキ(@acogale)です。

あなたは今、幸せですか。

幸せな人も、そうでない人もいることでしょう。

 

ところで、幸せって何??

そんなことを考えることがありませんか。

幸せについて考えられる人は、幸せなのだと思っています。

 

 

幸せを考える余裕

幸せになりたい人、幸せになれる人。

幸せについて考えられる人。

 

そういった人たちは、本当は幸せなのだと思うわけです。

「幸せになりたい」「幸せになれるかな」と思ったときは、まだ先が見えているから。

明日、朝起きたら、また次の一日がやってくると無意識のうちに思っているから。

 

どこかに安定した毎日があるから、それ以外のことを考えることができるのです。

 

 

スゴい人とか、素敵な人とか、みんな期待しすぎ。

職場にスゴい人がいない、カッコイイ人がいない。

そんなことを言う人がいます。

 

そんなに期待したらいかんよ。

 

本当は、みんなスゴい人で、みんなカッコイイ人なのです。

そのレベルが、期待するレベルが高いから満足しないだけで。

 

もっと小さいこと、小さいところでスゴい人がたくさんいます。

 

 

意識していないだけで、スゴい人だらけ。

毎日遅刻をするような人からすれば、1ヶ月も遅刻無しで出勤する人はスゴい。

1年間遅刻無しなんて、夢のまた夢。

 

その一方で、遅刻なんて全くしない人がいるのも事実。

 

コンビニに行って、ドリップ式のコーヒーを交通系ICカードで買う。

社会人の朝であれば、それほどスゴいことでは無い。

が、それがスムーズにできることはスゴいわけで。

 

当たり前にできていることが、本当にスゴいことなのです。

 

 

小さな幸せは、そこらじゅうに

当たり前のことに、当たり前に気付くこと。

そうすれば、そこにはたくさんの幸せが落ちています。

 

時間通りに電車がくること。

定食屋で頼んだものが間違えずに出てくること。

途中の信号機が青だったこと。

ヘアスタイルがバッチリ決まったこと。

外に出たら寒いと感じられること。

 

何かしらのキッカケがあり、それに気付いている自分がいるということ。

良い気付き、悪い気付き、両方の面があるけれど、それに気付くということ。

 

それが一番幸せだと思うのだが。

 

 

幸せについて考えるとき

幸せについて考えるときは、気付きが減っているとき。

当たり前のことが、当たり前になっているとき。

 

最近「感じる」ことが少なくなっている。

一年を通して部屋は心地良い温度。

階段を使わなくなり高さを感じない。

ネットが普及し距離を感じない。

 

感じることが少なくなってきた。

つまり気付きが減ってきているということ。

 

それに伴って、幸せを感じることが減っているのだろうか。

本当はもっと幸せはそこら中に落ちているのに。

 

こうやって、ネット環境があり、遠くの誰かが書いている「モノ」が読めるということ。

そして、知らない誰かに僕が書いた「モノ」を読んでもらえるということ。

 

僕は毎日、すごく幸せで、すごくたくさん幸せだ。