ちゃんとやれ!

「ちゃんとやる」ためのトレーニング場

「嫌い」だからといって、目をそらさないようにしたい、臭いものに蓋をすることをやめる

いつからか、ビールが美味しいと感じるようになった。いつからかブラックコーヒーに抵抗が無くなった。

食べ物の好き嫌いは、いつの間にか無くなっていることが多い。嫌いだったものを大好きになることだってある。昔は好きで食べていたものを、最近は欲しなくなることもある。もしそれが、人間関係だったらどうなんだろうか。

 

自分の好き嫌い

僕は人の好き嫌いが激しい。嫌いな人は、やっぱり無理だし、直感で「嫌だな」と思う人とは仲良くなれない。それが仕事でもプライベートでも同じで、嫌なら付き合おうとしないし、挨拶すらしたくないことだってある。同じエレベーターに乗りたくない、名前を呼ばれることも嫌、声を聞くのも嫌、めちゃくちゃ嫌いになることもある。

相手のことをよく知らないでも、直感で無理だと思ったら無理なのだ。 

 

嫌いな人がいた

ライターさんで嫌いな人がいた。その人が書いているコラムを読むと、「どうせ~~」「お前なんて~~」と思っていた。2年ほど前のこと。

 

職場の先輩も嫌いだった、少しわがままなところ、何でも首をつっこんでくるところ。声が大きいところ、やっぱり好きじゃなかった。 

 

今でも嫌いかと聞かれると

全くそんなことはない。逆に好きになりつつある。

ライターさんの記事も積極的に読んでしまうし、出版される本も買ってしまおうとしている。「嫌い」から「何となく好き」になっているような気がする。

 

職場の先輩も同じ。最近では一緒にランチに言ったり、お互いの情報交換をしたり、うんと仲良くなってしまった。 

 

別に何があったわけじゃない

僕の中では不本意な結果である。僕が「嫌い」だとラベル付けして人は「好きかも」だったのだから。

それを判断したのは自分自身だし、好きだと感じたのも自分自身。すべてが自分自身なのだ。

 

別に相手が何かしてくれたわけじゃない。お小遣いをくれたとか、僕を褒めたたえてくれたとか。

相手は相手、僕は僕。そんな中でも、気持ちが大きく変わってしまっていた。 

 

ビールが好きじゃなかったように、コーヒーをブラックで飲めなかったように

いつの間にか気持ちが変わっていること、いつの間にか受け入れられるようになっていること、好きが嫌いに変わり、嫌いが好きになること。

自分自身の変化なのだろう。

大人になったのか、好みが変わったのか、環境が変わったからなのか。

どこかで自分自身に変化がある。

 

相手の良さは同じフィールドに立たないと分からないかもしれない。フィールドが違うと適切な判断ができないのかもしれない。

自分が知らず知らずのうちに変わっていたから、相手の良さに気付いたのかもしれない。

 

似たようなものを求めていたのかも

嫌いだから、と見ないようにしない。その「嫌い」は本当に「嫌い」なのだろうか。相手のことが羨ましいという気持ちじゃないだろうか。もしそうだとしたら「嫌い」と蓋をしてしまうのは非常にもったいないことだと思っている。

本当は、自分が学びたいこと、欲しい技術、知りたいネタを持っているかもしれない。それを相手が先に持っているから、羨ましく妬ましい。

だから「嫌い」というラベルと貼っていたのかもしれない。 

 

だから「嫌い」と決めつけたくない

嫌いなものがあるし、生理的に受け付けないこともある。直感で嫌だなと思うこともよくあるけど、その印象だけで蓋をし続けてしまうのはもったいない。

今は嫌いかもしれないけど、1年後には好きになっているかもしれない。逆に今は好きだけど、1年後には嫌いになっているかもしれない。

 

だからこそ、今の気持ちを大切にしながらも、今の気持ちを永遠と引きずることはやめにしようと思う。

 

ふと振り返ってみると、「嫌い」が「好き」になっていることがあるから。そんなときは「今は嫌い」と思うようにしよう。それが「今」だけのことかもしれないから。

 

 

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