例えばビジネスホテルの朝食バイキング。
例えばサウナの朝食バイキング。
ヒルトンやコンラッドには遠く及ばない。
目の前で作ってくれるパンケーキもオムレツも無い。
ハムやベーコンだって1種類。
温め直しただけの焼き魚に、表面が乾いているようなロールパン。
食べれないほどマズいわけではないが、喜んでウキウキするほどでもない。
どちらかと言えば残念な朝食。
残念な朝食が悪かと言えば、これはこれで好きだったりする。
残念そのものが価値になるのだ。
ドライブインでの食事もそうだ。
クオリティが高ければ嬉しいけど、勝手に想像しているレベルがある。
可もなく不可もない、学食や社食のようなクオリティ。
冷凍モノか、出来合いのモノの味。
そういった食事に安心さえ感じてしまう。
ちょっと身体に悪いな、と思いながら。
ちょっと味付けが違うな、と思いながら。
どこかに懐かしさや、当り前さが残っているのだろう。
たまに残念な料理にトライしてしまう。
ハレの日とケの日があるように。
食事にもそれがあるのだろうか。
豪華なフルコースと、一汁一菜がソレなのだろうか。
料理の残念さは、どこかで魅力に変わっている気がする。
料理の残念さで、何か活力が出てきている気がする。
それは味や見た目ではなく、ただ食べる、ただ摂取している。
その行為、何も考えなく、フラットな気持ちで食べられることが嬉しいのかもしれない。
当たり前で定番で、でも定番すぎるから残念な料理。
この料理のおかげで、気持ちがリセットされたり、無の気持ちになれたりするような気がするのだ。